知ってた?月にうさぎがいる理由




「月にうさぎさんがいて、お餅をついているんだよ」と、誰もが小さい頃に聞かされたことがあるのではないでしょうか。

日本では切っても切れないうさぎと月の関係。
どうしてうさぎがいるという話になったのか、ご存知ですか?

月へ行ったうさぎの物語

日本で語られている月とうさぎの話は、インドのジャータカ(ブッダの前世による因縁を明かし、現世や来世についての説話をおさめたもの)の中に納められている話が起源だと言われています。

猿、狐、兎の3匹が、山の中で力尽きて倒れているみすぼらしい老人に出逢った。3匹は老人を助けようと考えた。猿は木の実を集め、狐は川から魚を捕り、それぞれ老人に食料として与えた。しかし兎だけは、どんなに苦労しても何も採ってくることができなかった。自分の非力さを嘆いた兎は、何とか老人を助けたいと考えた挙句、猿と狐に頼んで火を焚いてもらい、自らの身を食料として捧げるべく、火の中へ飛び込んだ。その姿を見た老人は、帝釈天としての正体を現し、兎の捨て身の慈悲行を後世まで伝えるため、兎を月へと昇らせた。月に見える兎の姿の周囲に煙状の影が見えるのは、兎が自らの身を焼いた際の煙だという。

wikipedia「月の兎」より

この話、どこかで聞いたことあるようなと思われた方もいるかもしれませんね。

ブッダ(手塚治虫 著)の第七部第三章「アジャセ王の微笑」の中で、
アジャセ王の病を治したブッダが得た悟りを人々に伝える際の例え話として出て来ます。
聖☆おにいさん(中村光 著)でも、イエスとブッダがお腹をすかせていたとき、
大家さんに野良猫のえづけを疑われ、お皿を持たされたら、
野良猫がお皿に乗ってくる(別の猫がマッチを持ってきます)話として描かれていました。

これらはジャータカにある「ササジャータカ」という説話がもとになっていて、
自己犠牲をもって善行をするうさぎは、ブッダの前世だとされています。

今昔物語の巻513話「三獣行菩薩道兎焼身語(みっつのけだものぼさつのみちをぎょうじうさぎみをやけること)」も、同じ月とうさぎの話です。

これは、西遊記のもとになった『大唐西域記』(唐の玄奘三蔵著のインド旅行記)の中の話がもとになったとされており、これもジャータカが起源だと考えられています。

童話で語られる月とうさぎの話

ジャータカがもとになった月とうさぎの話は、童話として世界で読まれています。

月の中のうさぎ

むかしむかし、ウサギには、三匹の友だちがいました。サルと、山イヌと、カワウソです。
ある日の事、ウサギはふと、明日が精進日(しょうじんび)である事に気がつきました。

精進日というのは仏さまの教えを守って身を清め、困っている人にほどこしをする日の事です。
「明日、困っている人が来たら、せいいっぱい助けてあげよう」
みんなはウサギの意見に賛成して、家に帰りました。

次の日の朝、カワウソは食ベ物を探しに、ガンジス川の岸までおりていきました。
ちょうどその時、一人の漁師が七匹のコイをつかまえて草の中にかくし、もっと下の方へと出かけていったあとでした。
「おや? この魚は、誰の物だい? 持っていくよ」
カワウソは三ベんよんでみましたが、返事がありません。
そこでだまって、もらってくる事にしました。

山イヌも、食ベ物を探しに行きました。
山道を進んでいると、畑の番人の小屋から肉や牛乳のにおいが流れてきます。
「おや? この食ベ物は、誰の物だい? 持っていくよ」
山イヌは三ベんよんでみましたが、誰も現れません。
そこでやっぱり、もらっていく事にしました。

サルも森へ行って、マンゴーの実をたくさん集めてきました。
ところがウサギは、何も見つける事が出来ませんでした。
貧乏なので、家にはゴマも米も、何もありません。
「どうしよう? せっかくの精進日なのに。・・・そうだ、もし誰かが食ベ物をもらいにきたら、わたしはその人に自分の肉をあげよう」

さて、このウサギたちの事を知った天上に住む神さまは、みんなの心をためしてやろうと思いました。そこで神さまはお坊さんに姿を変えて、まずカワウソの家にやってきました。
するとカワウソは、「さあ、お坊さま。今日は精進日です。どんどんめしあがってください」と、コイ料理を進めました。

次に訪ねた山イヌの家では、畑の番人のところからとってきた肉や牛乳を出されました。
そして次に訪ねたサルの家では、マンゴーと冷たい水を出されました。
そして最後にウサギの家に行くと、ウサギはお坊さんに言いました。

「今日は、精進日です。ほどこしをしたくて、あちこちかけ回ったのですが、ごちそうは手に入りませんでした。そこで今日は、わたしを召し上がってください。けれど、お坊さまであるあなたがわたしを殺してしまえば、いましめを破ることになります。そこですみませんが、火をおこしてください。そうしたら、わたしは自分で火の中に飛び込みましょう。焼けた頃に取り出して、召し上がってください」

神さまが火をおこすと、ウサギは火の中へ飛び込みました。ところが火の中へ身を投げたというのに、ウサギはやけど一つしません。
「あれ? おかしいな」

不思議がるウサギに、神さまが言いました。
「信仰心(しんこうしん)のあつい、かしこいウサギよ。お前の徳(とく→よい行い)が、のちの世の人にかたりつがれるよう、記念をしておこう」

神さまはそう言って大きな山をつぶし、そのしぼった汁で月の表面にウサギをえがきました。
その時から、月にはウサギの姿が浮かぶようになったという事です。

福娘童話集より

 

日本では、青森県の民話に、この月とうさぎの話があります。

お月さまに行ったウサギ

むかしむかし、サルとキツネとウサギが、神さまのところへ行きました。
「神さま、どうかお願いです。こんど生まれてくる時は、人間にしてください」
すると、神さまが言いました。
「人間に生まれたいのなら、自分の食べ物を人間にごちそうすることだ」

そこでサルは山へ行き、クリやカキの実を取ってきました。
キツネは川へ行って、魚を捕まえてきました。
ところがウサギの食べ物は、やわらかい草です。
今は冬なので、やわらかい草は一本もありません。
(
こまったなあ。どうしよう?)

ウサギはガッカリして、サルとキツネのいるところへ戻ってきました。
「ウサギさん、きみのごちそうはどうしたの?」

「だめだよ。草はかれているし、木のめは、まだ出ていないんだ」
すると、サルが言いました。
「それじゃウサギさんは、いつまでもウサギのままでいるんだな」
「そうだよ。ごちそうも持ってこないで人間に生まれかわりたいなんて、ウサギさんはずるいよ」
キツネも、怒って言いました。
「ごめん。でも、もう一日だけ待って」

次の日、ウサギは山へ行くと、かれ木をひろい集めてきました。
そしてサルとキツネの前に、かれ木をつみあげて言いました。
「今からごちそうを焼くから、火をつけておくれ」
サルとキツネが火をつけると、かれ木はパッと燃え上がりました。

「ぼくのごちそうはないんだ。だから、・・・だから、ぼくを人間に食べさせておくれ」
と、言うなり、ウサギは火の中に飛び込んだのです。
その時、空の上から神さまがおりてきて、さっとウサギを抱きかかえると、また空へのぼっていきました。

サルもキツネも、ビックリ。
すると、神さまが言いました。
「サルもキツネも、きっと人間に生まれかわれるだろう。
なにしろ自分の大切な食べ物を、人間にごちそうしようとしたからね。
それは、とても素晴らしい事だよ。
でもウサギは、もっと素晴らしい。
自分をすててまで、人間に食べさせようとしたのだからね。
ウサギをお月さまの国で、いつまでも幸せにしてあげよう」

神さまにだきかかえられて、ウサギは空高くのぼっていきました。
その時からウサギは、お月さまの中で楽しく暮らしているという事です。

福娘童話集より

 

スポンサーリンク

他の国にもある月とうさぎの話

メキシコでも月の模様はうさぎと考えられていて、メキシコの民話にも月とうさぎが出て来ます。
これは、農耕の神、ケツアルカトルが旅の途中で飢え死にしそうになったところを、近くで草を食べていたうさぎが自分を食べ物として差し出したというアステカ帝国の伝説がもとになっています。

また、ネイティブアメリカンのクリー(北アメリカ最大の先住民族)の伝説にも、月とうさぎの伝説があります。(ネイティブアメリカンは、部族によって月の模様の見方は違うようです)

大陸がつながっていない国にあらすじがだいたい同じ伝説があるというのは、とても興味深いですね。

今度、夜空の月を見たら、ぜひ、月とうさぎの話を思いだしてみてくださいね。

こちらの記事もおすすめです