断捨離にむいている時期はいつ?




ここ数年、断捨離ブームが続いていますね。断捨離がなかなかできないYASUYOです。
みなさんは、ダンシャラー(って呼ぶ?)ですか?

月の満ち欠けとお片付け、関係ないように思いますが、
新月から満月に向かう時期は「増やすこと」を行い、
満月から新月に向かう時期には「減らすこと」を行うというのが一般的な考えのようですね。

でも、これは人によって違うみたいです。
減らすことが得意な人と増やすことが得意な人といるのではないか?と思うのです。

減らすor増やす、どちらが得意?

わたしの場合、断然増やすことの方が得意!
物も体重も…!!え?それ得意なことだったのかっていう声が…遠くから…聞こえてくるような…(笑)

母が亡くなってから遺品整理をした9年前。
使えるものは使ってくれる人に譲ろうと決めて、
母のお友達や親戚、近所の方々に洋服も靴もいろいろな物をお譲りしたときに、
母が自分のもとから離れていくさみしさを感じました。

実家は祖父の代から住んでいる家だったので、
祖父のものも、祖母のものも、三世代分のものがありました。
小さい頃から見ていた亡き家族のものを車で何度もゴミ処理所までひとりで運び、
家具を捨て、母が亡くなってから3ヶ月後の初盆の時には、家の中はがらんとしていました。

あまりにも早く遺品を整理しているわたしを良く言わない人もいましたが、
ここでやらないとできない気がすると思っていたんでしょうね。

自分の考え方のクセを見極める

大々的な遺品整理を終えた後、わたしは物を捨てることに抵抗を感じるようになりました。
それは、後から「あれも捨てたの?」と聞かれたり、
迷って捨てたものが二度と手に入らないものだと
「あれは捨てるべきではなかったのかも…」と思ったりして、
少なからず、捨てた行為を悔やむことがあったように思います。
それが心の抵抗を生んだようです。

今年、海外からの引っ越しも苦労しました。
届いた荷物を、狭い日本の家に納めるのにかなり時間がかかりました。

でも、最近気づいたことがあるのです。
わたしは増やすことが得意!だから空きスペースを増やすことならば抵抗を感じない。

減らすと考えると悲しい記憶がよみがえり、心が抵抗してしまうけれど、
空きスペースを増やすという考え方をすると、すんなりと心が納得しているような気がしたのです。
これは考え方のクセみたいなものかもしれませんが、
断捨離できない〜!と思っている方、もしかしたら似たような経験があるのかも?

空きスペースを増やすための断捨離という考え方

この前の、新月から満月に向かう時期に、押し入れの整理をし、
その時に、来客用の布団が本当にいるのか?という話になりました。
引っ越し荷物を片付けていた時、一組だけ来客用に必要だと思ってとっていたものです。

これがないとすっきりするな〜実際どの程度来客があるかって話しだし…
と思い、来客用の布団、枕、その他余分な寝具を全部処分しました。

物を減らす」と考えていたら、捨てられなかったかもしれないものが、
空きスペースを増やそう」と思ったら、すんなりと捨てられたんです。

実際、わたしの断捨離は、この時期に進むことが多いように思います。

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自分の心を観察してみる

現在、満月から新月へ向かう時期です。
一般的に断捨離に向いている時期と言われますが
「なんとなく気分がのらない」「断捨離に向いている時期なのに断捨離できないなんてダメな私!!」
なんて思ってる方がいるかもしれません。

どうか安心してください!そして自分を責めないで!あきらめないでっ!
まず、自分が抵抗を感じないのはどっちかな?と心を落ち着けて考えてみてください。

例えば物を買って、その物を見るたびに幸せを感じるか、物を処分するときにそのすっきり感を思ってワクワクするか…。

どちらにポジティブな心を持てるでしょうか?
増えることに喜びを感じる人は、
空きスペースを増やす=そこへいつか新しいものを加えることができる
と考えて断捨離をするとすんなり断捨離ができると思います。

減らすことに喜びを感じる人は、言わずもがなですが、
とことんすっきりを目指して月が満ちていようが欠けていようが物を捨てられる断捨離向きな人だと思います(笑)

なかなか断捨離できないわ〜って思ってらっしゃる方、
捨てる時の自分の心の内側を観察してみて、考え方を切り替えてみてはいかがでしょう?

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ABOUTこの記事をかいた人

YASUYO

デザインと企画の人。一粒万倍デザイナー(希望!)。 情報の行き来していない大昔にも、世界各地に似たような自然信仰があることに興味アリ。スピリチュアルはよくわからないけれど、人々の根底にある「祈り」とは何かを考え中。担げるゲンは担いでみよう主義。